松田翔太の母親・松田美由紀と父親・松田優作のまとめ。プレゼントとは何?

俳優の松田翔太さんの両親に注目が集まっています。

母親・松田美由紀さんと父親・松田優作さんについてまとめたいと思います。

松田翔太さんから松田美由紀さんへの誕生日プレゼントとは、一体何だったのかについても調べてみました。

松田翔太の母親は松田美由紀?

女優の松田美由紀さんは、1961年10月6日生まれの現在は56歳です。

松田美由紀さんは俳優の松田龍平さんや松田翔太さんの実の母親で、昭和の日本を代表する俳優・松田優作さんの妻として知られています。

松田美由紀と松田優作の馴れ初めは、元SMAP木村拓哉がパロディしたことでも知られるドラマ「探偵物語」での共演。撮影当時、松田美由紀はまだ18歳で、松田優作は30歳、しかも2人とも既婚者でした。

激しい恋におちた2人は、スキャンダラスなダブル不倫関係に。しかし、その愛は本物だったようで、それぞれに離婚して1983年に晴れて入籍しています。

若い世代の方は、松田優作さんと松田美由紀さんの馴れ初めを知らない方も多いのではないでしょうか。『W不倫』で『歳の差婚』だったなんてこの時代にとっては、凄いスキャンダルだったのではないかと想像がつきますよね。

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ダブル不倫の末に、幸せを勝ち取った松田美由紀。その後、龍平、翔太、ゆう姫の二男一女に恵まれます。

しかし1989年に、松田優作がガンで死去したことから、松田美由紀は、28歳にして、6歳と4歳、2歳という幼い子供を抱えるシングルマザーになりました。それだけに家族の絆は強く、なんでも話し合う関係が出来上がったと言います。

次男の松田翔太が、「芝居の話でもどんな話題でも、家族と話していると、勉強になるしいい刺激になる」と語るほどです。

母親は女優、兄は俳優、妹は世界的に注目されているアーティスト…と、芸能一家なので何気ない普段の日常会話の中にも学ぶべきものがゴロゴロありそうですよね。

母の松田美由紀さんは女優業だけではなく、写真家としても活躍されていて、夫・松田優作さんの生涯をまとめた『松田優作全集のアートディレクションを務めたようです。

松田翔太の母親へのプレゼントは?

松田翔太さんが母・松田美由紀さんの誕生日に贈ったプレゼントが凄いと話題になっています。かなり大きな袋ですが、その誕生日プレゼントとは?

どうやらロゴから察するとブランドはモンクレール』のようです!『モンクレール』はフランスのブランドで、ダウンが有名ですね。

とても温かく中はTシャツ1枚で十分だそうです。

『モンクレール』は、デザイン・機能共に抜群に人気があり、人気のサイズやカラーはすぐに完売してしまうほどなんだそうです。

もちろんお値段は高く、数十万円が相場です。だからこそ、松田翔太さんも母親への感謝としての、このプレゼントは本当に気持ちがこもっていますよね。

プレゼントは当然値段が全てではなく、その人が現在出来る感謝の気持ちをどれだけ精一杯、表現出来るかだと思います。一般人がモンクレールをプレゼントに選ぶ必要はありませんし、超売れっ子俳優の松田翔太さんなら、精一杯の気持ちの表現に妥当なプレゼントでしょうね。

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松田翔太さんは『Happy birthday Mommy(誕生日おめでとうお母さん)』とのメッセージカードと一緒にプレゼントしたそうです。

これにはネット上でも「素敵な家族」「仲がいいいのっていいですよね」「ほっこりしました」とのコメントが続々と寄せられたようです。

松田翔太の父親は松田優作?

昭和の大スターの松田優作さんは、人気絶頂期には松田優作さんのファッションやスタイルを真似するひとが大勢居たほど、カリスマ性がありました。

1967年に母親の指示でアメリカへ留学。しかし、言葉のギャップや環境の変化に耐えられず、無断で学校を中退帰国

地元の山口県下関市から上京し高校・大学を出たあと劇団員となり、そこで最初の奥さん・美智子さんと出会います。

その後は1973年に刑事ドラマ「太陽にほえろ!」にジーパン刑事としてレギュラー出演。殉職シーンは有名ですよね。

松田優作さんは、遊郭の一角で生まれ育ったらしく両親は婚姻関係になく、父親は他に家庭を持っており不倫をして出来た子供が松田優作さんだといわれています。

松田優作の日本国籍取得エピソード

松田優作さんは父親は日本人で、母親は在日韓国人二世であるとのことです。

1973年頃、帰化申請を行い日本国籍を取得し、それを機に本名の『金優作』から松田優作に改名。帰化の理由は以下のように公表されています。

現在は松田優作という通称名を使っているので番組の関係者にも知られていませんが、もし僕が在日韓国人であることがわかったら、みなさん失望すると思います。

当時は、元在日韓国人であるということは隠されていたようです。帰化の理由がまた松田優作さんらしい『破天荒』な理由ですよね(笑)

このような理由で許可が降りるのは、松田優作さんが『カリスマ性のある影響力の強い俳優だったということの証なのではないでしょうか。

松田翔太の亡き父・優作へのスピーチ

『太陽にほえろ!』から16年後の、1989年11月6日に膀胱癌で死去39歳という若さでした。

松田翔太さんの結婚式では、松田翔太さんが4歳のときに亡くなった『亡き父・優作さんへのスピーチ』が感動を呼び話題となりました。

父からは……。幼いころの私は泣き虫で。そんな自分に父は『翔太、泣くな!笑え!』と常々言っていました。

なので当時の自分は泣きながら笑う、変な子どもでした。でもそんな父がいたからこそ、自分はいま俳優をやっていられるのだと思います。だから今日だけは、父に感謝の言葉を伝えたいです……。

松田優作さんの意志を引き継いだ松田翔太さんも数年経てば、父・松田優作さんの年齢に並びます。そのときに松田翔太さんがどんな俳優になっているのか、とても楽しみですね。

松田翔太についてもっと知りたい人はこちらです。
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