窪塚洋介がマンションから転落事故の真相は?原因は薬か?後遺症や顔の傷は?

俳優

今回は窪塚洋介さんの転落事故の真相に迫っていきたいと思います。

窪塚洋介の転落事故の真相

窪塚洋介さんは転落事故があったそうです。その事故の真相に迫ります。

事故当時の状況

窪塚洋介さんは2003年10月に生まれた長男の育児休業中でした。

事件が起きたのは2004年6月6日午後12時10分頃。
約26mの高さの神奈川県横須賀市にある自宅マンションの9階から転落。
9mほど前進してフェンスに激突し芝生の上に落ちた。
しかし、奇跡的に一命を取り留める。

ずいぶん高いところから落ちたのですね。それでも一命を取り留めたというのはそうとう運が良かったのでしょうね。

事故当時の様子を元嫁(「のんちゃん」と呼ばれていた女性)はこのように語っています。

「テラスの方に行ったと思ったら姿が見えなくなった」

何の前触れもなくテラスの方に行って転落してしまったという感じだったのでしょうね。

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怪我の状態

建物から約9m離れたフェンスに衝突したが地面が芝生だった為、頭蓋骨の開放性骨折など骨折箇所は5ヶ所と深刻な傷を負ったものの命に別状はなかった。

大怪我をしてしまったようですね。頭を打ったのですね。後遺症などなければよいのですが。

事故後、所属事務所から「全治には3ヶ月」と発表していましたが、一部の医療関係者の間では

「骨が付くのに1年、歩行には数年のリハビリを要すほどの重傷(医療関係者)」

3ヶ月は長いですね。怪我の重傷度が大きいことがわかりますね。

転落の原因

転落した原因は何だったのでしょうか。見ていきましょう。

上記の画像は映画「ピンポン」での橋の上から飛び降りるシーンです。

当時は自死説や薬物説なども囁かれました。

映画『ピンポン』では、橋の欄干の上に立って『アイキャンフラ~イ!』と絶叫しながら川に飛び込もうという名シーンがありますが、あれをリアルにやっちゃったんだという“窪塚伝説”が広まったんです。

映画のワンシーンを夢の中で見ていて、寝ぼけて転落してしまったとも考えられなくはありませんね。

前々から「男は死に際が大切だ」と言っていたことから自殺説が流れました。
しかし、窪塚さんの所属事務所の発表はテラスの「こいのぼりの取り付け器具を外そうとして間違って落ちた」というもの…

警察の捜査でも器具は発見されず、助走の件も説明がつきませんでした。
転落の理由は謎のままだったのです。

真実は一体なんだったのでしょうか。これはわからないままなのでしょうかね。

自殺説

転落事故の後に窪塚洋介さんは次のようなコメントをされています。

記憶がない。
ベランダから落っこちた日から数日間の記憶が
今だにない。意識が戻ったのは病院の
ベッドの上だった、「中田さん、どうですか?」
看護師さんに話しかけられていた、
…中田? …俺、中田だっけ?…あれ、イタリア?
マスコミへの計らいで”中田さん”になっていた本人が
一番混乱した。 そしてその後すぐもっと混乱した、
体が動かない…。 両足、左手、あばら、顔面
の骨が折れていた、だけど
背骨やせき髄、脳は無事だから歩けるようには
なると先生に説明された。他人のケガの状態
を聞くよりもあっけらかんと聞いていたのは、
強いとか前向きとかじゃなくて、ただ、自分の身に
何が起こったのか理解できてなかっただけだった。
「あ、そうですか」と言葉だけが勝手に出ていた。
みんなから生きているのは奇跡だと言われても、
そんな実感は全然持てなかった。

夏至の日に手術が無事終わって両足と左手に
金属が入った、子供の頃好きだった超合金に
自分がなっちまった、でもおかげで順調にリハビリ
が出来る。先生言うところの脅威の回復力で、
いよいよ歩く練習が始まった、人生で二度目の
歩く練習は色んなことを気づかせてくれる、
痛みは俺にとって一番の現実で一番のメッセージ
だ、wかあったつもりになっていた「いのち」のスゴさと
不思議さと素晴らしさがやっと姿を見せ始めたの
かもしれない、生きてて良かった。

「生きているのは奇跡」生きてるってことは死んでないってこと。
助かったって意味じゃなくて、なんのヒネリもない「当たり前」
の意味、「当たり前」過ぎて 当たる前のくせに
当たった気でいたことがめちゃくちゃある、
こうならなかったらわからんかったことがめちゃくちゃある、
だから今はこうなったことに感謝している、
これからも嬉しいことと嬉しくないことは同じくらい
あるだろうけど、生きててこそだ、楽しんでいこう、
生きてるだけでボロもうけ。

この命をくれた両親と先祖、
この命をつないでくれた病院の先生、看護師さん、
リハビリの先生、励ましの声をくれたみんな、
そして家族と神さんに心から感謝してます。

とにかく、心配かけて迷惑かけて
本当に申し訳ありませんでした。

窪塚洋介

転落してから数日間の記憶が無いようですね。きっと頭を打ったせいも有るのではないでしょうか。このコメントを見ると自殺のようには見えませんね。

「本当に覚えてないんですよ。いろんなことを言われましたけど、ドラッグをやっていたわけでもないし。その日、アメリカに行く予定で、荷物も全部準備してあって。家庭も持って、子供もできて、仕事も順調で。自殺する理由なんてまったくなかった」と隠す様子もなく、淡々と答えた。

予定が入っていてその準備もしていて、転落するというのは、これも自殺ではなさそうに思えますね。仕事が忙しくて寝ぼけて転落してしまったと思えてなりません。

「あぁ、生きてたと思うことがあった。あの日もし死んでいたらと思うと、そこから先(の人生)は神様がくれたギフトだと思う。今では生まれてきたこと自体がどれだけ素晴らしいことなのかを実感しています」と語っている。

死と隣り合わせになると生きていることの大切さが分かるのでしょうね。

薬物説

窪塚洋介さんはツイッターでのぶっ飛んだ発言内容から薬物疑惑が浮上。

本人も2004年3月17日に行われた環境イベント「アースデイ東京」の製作発表にて下記の様な発言をしています。

「『○麻=△薬』というイメージをアースデイの場で打開したい」

冒頭でも述べたように、転落事故が起きたのは2004年6月です。上記イベントから数ヶ月後のことなので疑惑は出てしまいますね。

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マンションから飛び降りたのかを聞かれた窪塚さんはおかしな返答をしています。

窪塚洋介が語る転落事故の真相とは。
本人はこう語る。
「その日はとても急いでいた。とてもとても。
マンションの向かいにあるコンビニのソフトクリームが食べたくて仕方なかった。
ソフトクリームが売り切れてしまうんじゃないかと心配でならなかった。
思わず、エレベーターに乗る手順をすっとばしてしまった。
その日は、自分にとって最高の日だったのか、最低の日だったのかわからない。」

ちょっと言動がおかしいかなというような感じがしますが、皆さんいかが思いますか?

しかし、転落事故後の病院での検査で、薬物を使用していればわかってしまうことのようですし、薬物を使用していないと考えられますね。

事故後の後遺症

全治3ヶ月、歩行には数年のリハビリと言われていたようですが、後遺症はどうなのでしょうか。後遺症が残っているのではないかというファンから心配の声があがっているようです。

足が悪い

2004年11月13日に放送されたドキュメンタリー番組「告白 窪塚洋介~そして旅は続く~」に、窪塚洋介さんが車椅子姿で出演し、話題になりました。

マンションの9階という高さから転落すれば足も悪くするでしょうね。痛々しさがこちらにも伝わってくるようです。

番組内で窪塚洋介さんは転落時の記憶が無いことと、入院時や車椅子生活からのリハビリについて語っていました。

8月1日
「靴履いたら歩けそう。内蔵とかも脾臓がやられてたり、目が見えなくなるとか言われてた。脅威の回復力とか言われてる。右の鼻の臭いは無くなった。」

8月31日
「歩けるようになった。一番痛いのは膝。違和感ありあり。」

若さもあったのでしょうか。回復が順調に見えますね。

人工肛門の噂

ひそやかに囁かれているのは、窪塚洋介さんが転落の衝撃で、人工肛門を装着しているのはないか、という噂です。

果たして本当のところはどうなのでしょうか。

この事について窪塚洋介さんはこれまでに公言していないので断定的できる情報はありません。

しかしながら、「転落した際に受けた、腹部、主に大腸への衝撃によって、人工肛門を装着しなければならなくなった」とする医療関係者からの書き込みが某掲示板にあったことがきっかけで噂なったことが分かりました。

守秘義務というものがあるはずなので、掲示板に書かれた内容は信憑性が低いですね。デマの可能性は高そうです。

こちらは2015年12月に結婚(再婚)したPINKYさんが2016年6月23日のインスタグラムに投稿した沖縄旅行の画像ですが、腹部にそのような跡は全くありませんよね。

下で書きますが人工肛門はへその下に口のようなものを取り付けるそうなのですが、上記の画像を見る限りそのような跡はないようですね。

人工肛門とは?

人工肛門(正式名称:ストーマ)につてに関して、様々な意見が飛び交っていますが、実際はどのようなものなのか簡単にご説明いたします。

人工肛門は大腸から直接排泄物を出すための、いわゆる「口」のようなものをお腹のおへそより低い位置に取り付けます。

自然と排便されてしまうため、そこに袋を取り付け、定期的に溜まった排泄物を絞り出すといったもの。

慣れるまでには多少の時間を要しますが、ほとんどの方が、スポーツを楽しんだりするまでになります。ストーマを装着していても、慣れれば普通に生活するには支障はありませんし、ファッションも楽しむ事ができます。

あまりきれいな話ではないですが、世の中には人工肛門が必要とされる方もいるのでしょうね。

事故後の活動

窪塚洋介さんご本人は、なんと転落事故の翌年、2005年には映画「同じ月を見ている」で見事に主演を演じきり活動を再開を果たしています。

復帰まで1年かからなかったのですね。事故の目立った後遺症もないように見受けられますね。

テレビへの出演はほぼなくなりましたが、映画への出演やレゲエアーティスト(卍LINE名義)で、年間100本以上のライブをこなすなど、多忙な日々を送っているようです。

卍LINE名義の楽曲「IKIRO」でこの転落事故について歌っている。

❝何が起こった?病院のベッドの上目覚めた俺
なんてこった俺落っこた?どこを通った記憶がねーぞ❞

❝イバラの道ほど パワーくれるって家族・仲間・仕事に音楽
笑って死ぬためのこれが俺だぜ❞

所々に映し出されるのは、事故現場でもある自宅マンション前やベランダ。そして入院生活を送っていた病院前に立つその姿も印象的だ。

「ピンチはチャンスなんだぜ」「生きてりゃいいコトあるぜ」とポジティブなメッセージを歌っている。

転落事故という大きな問題を、逆に歌にして乗り越えていくような、そんな解決をされたように見えます。前向きな歌詞で好感が持てますね。

ちなみに窪塚洋介さんのテレビ出演は2004年以降、ほぼなくなりました。

その理由として自ら取材に応じ下記のようにコメントをしています。

「20代前半で、もういいかなって思った。今後もやるつもりはない。テレビ自体への不信感も募っていた。」

窪塚洋介さんは全盛期にはもてはやされ、転落事故後といえば自殺なのではないか薬物を使っているのではないかという批判があり、精神的に疲れてしまったのかも知れませんね。

暗いニュースばかりではありません。

2017年1月21日に全国ロードショーされた、マーティン・スコセッシさんが監督した映画「沈黙―サイレンスー」にも出演し、物語の重要な役割を担う役どころを演じています。

今後の活躍にも期待が高まりますね。

→ [関連記事] 窪塚洋介の息子や母親について
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